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夕刻、渓流から急いで戻ったユウたちは、すぐさま集会浴場へと向かった。
あらかじめ達成していた納品依頼と、渓流で遭遇したイビルジョーについて報告するためである。
「お帰りなさい、ユウさん。依頼の品は手に入りましたか?」受付嬢のササユがユウに声をかける。
「うん、依頼に関しては全然大丈夫。 でも……」
「でも? 何かあったんですか?」横から新人受付嬢のコノハが口を出す。
「まあ、そうなんだけどね。 でも、この話はギルドマネージャーと村長を交えてするべき話だと思うのよ」
「ひょっひょっひょっ! アタシだけじゃなく村長も交えた話となると、よっぽどの事が起きたみたいだね」
「マネージャー!」驚きの声をあげるコノハ。
「コノハ。 ……すまんが、ちとひとっ走りして、村長を呼んできてくれんか?」
ギルドマネージャーはいつになく真剣な面持ちでコノハに命じた。
そのただならぬ様子に気圧されたコノハは黙ってうなずくと、村長を呼ぶために集会浴場を出た。
「ジンオウガ、アマツマガツチに続く脅威か……。つくづく、自然とは厳しいものだねえ」
ギルドマネージャーはユウにも聞こえないくらいの声で呟くと、ひょうたんの栓を抜き、中身の霊水を一口あおる。
その表情には、ある種の諦観さえただよっていた。

程なくして、コノハが村長を連れて集会場に戻ってきたのを見計らい、ユウは事の次第を話した。
「イ……イビルジョー? イビルジョーって、あのイビルジョーですか?」その名を出した途端、コノハの顔が青ざめる。
彼女の顔色が変わるのも無理からぬ話であった。
イビルジョーはその強大さ、凶暴さもさることながら、その真の脅威は、食害にこそあるといっても過言ではない。
どの肉食生物においても、通常は自らの糧となるだけの獲物を狩り、食らう。
ゆえに、狩り場の生物を全て捕食することはない。
しかしイビルジョーは、その身体構造からくる飽くなき食欲ゆえに、文字通り「目に付いた生物をことごとく食らう」のである。
他の生物には当然備わっている「自らの糧を得る場所を維持する本能」が、イビルジョーには存在しない。
その結果、目の前に映る全ての動くものをひたすら食らい尽くしたあと、更なる獲物を求めてさまようのである。
イビルジョーによる食害によって生態系が壊滅した地域がいくつも存在し、その結果放棄せざるを得なくなった集落さえあることは、
王立調査隊から報告が届いており、ギルドの職務に携わるものなら誰でも知っている。
「渓流にあの子が現れたとなると、この村も危ないですわね」村長も困惑の色を隠せない。
「ともかく、ギルドとしては早急に手を打たないといけないね。 ……村長、依頼人はアンタの名前にしとくよ」
ギルドマネージャーの言葉に、村長は静かにうなずく。
「さてユウよ。チミはどうするね? 討伐依頼が出たら、出来るだけ速やかに渓流に向かってもらわにゃならんが」
「そうだなあ……」しばし考えるユウ。
「私は、少し様子を見ることにするよ」ややあって、ユウは答えた。
「それはまた、どうして?」コノハが訝しげな表情を浮かべ、ユウに聞いた。
「いくらイビルジョーが食欲の権化だと言っても、生態系に大きな影響を与えるまで食べ尽くすまでには、それなりに時間がかかると思うのよ」
「ほほう。 ……では、チミはどれくらいかかると思う?」ギルドマネージャーの問いにユウはしばし考えたあと、口を開いた。
「早くて1週間、遅くて10日位かな。被害が深刻になる前に狩るなら、せめて2日後の夜明けくらいにはここを出発しないといけないかな」
その答えに、ギルドマネージャーは唸り声をひとつあげ、言った。
「チミ、そこまで分かっておきながら、何故……」
ユウが口を開きかけた、その時である。
「そんなもん、怖気づいたからに決まってる!」
ユウが言葉を発するより先に、誰かが横槍を入れた。
見ると、鬼門番が血相を変えた表情で立っていた。
「聞いたぞ。お前、イビルジョーが渓流に現れたのを確認したくせに、おめおめと逃げ帰ってきたんだってな」
ユウに詰め寄る鬼門番。
「そうだよ。それが何か?」
悪びれもせずに答えるユウ。
鬼門番はその態度が癇に障ったらしく、みるみる怒気をはらんだ表情になる。
「お前、ハンターだろうが……。どうして見かけた時に狩って来なかったんだ!」
「……どうして? あんた、それ本気で言ってる?」
感情を剥き出しにして怒鳴る鬼門番とは対照的に、ユウは冷徹さを感じるほどの無表情で言葉を返す。
「本気も本気、大マジだ!」
「ふーん。じゃ、言わせてもらうけどさ」吼える鬼門番を冷たく見据え、ユウは言葉を放つ。
「あんたは、ハンターならどんな状況でもモンスターを倒せるとか思ってるわけだ。 この際だからはっきり言っといてあげるけど、何の準備もなしにモンスターを狩猟できるハンターなんか、世界中どこを探したって見つからないよ」
「な、何だと?」鬼門番は怒りのあまり、顔を真っ赤にして震えていた。
「私が信じられないというのなら、今この村に立ち寄っている他のハンターに聞いてみるといいよ。ろくな装備もなしにイビルジョーなんかとやり合えって言われたら、誰だって躊躇するさ。それを、言うに事欠いて『ハンターの癖に』? 冗談は顔だけにしとけって感じだ」
「言わせておけば!」
「そこまでだ」ユウに突っかかろうとする鬼門番に、ギルドマネージャーが一喝する。
「ハンターとて万能ではない。それは確かにユウの言うとおりだ。気持ちは分からんでもないが、命がけで狩猟をおこなうハンターに向かって、ちっとばかり言葉が過ぎるようだね」ギルドマネージャーは鬼門番をたしなめる。
その言葉に、鬼門番はいまいましげにユウを睨み付けていた視線をそらす。
「しかし」ギルドマネージャーはさらに言葉を続ける。
「ユウよ。チミの真意もいまいち読めん。 その装備ではイビルジョーに太刀打ち出来んから退却してきたというのは分かるが、どうして率先して狩猟に出ようとせんのだい?」
「そんなの決まってる! 狩りに行くのを怖がってる臆病者ハンターだからだ!」ユウが答えるより先に、再び鬼門番が吐き捨てるように言った。
「およしなさい」事の成り行きを見守っていた村長が、ぴしゃりと言い放つ。
村長のいつになく強い口調に一瞬たじろぎはしたものの、すぐに気を取り直したのか、ユウを指差して言葉を続ける。
「大体、なんで『漆黒』の野郎は、お前みたいな採取依頼しかこなさない臆病者ハンターをこの村に寄越したんだよ!」
「いい加減になさい」村長は短く、しかし先ほどよりも強い口調でたしなめる。
「何でなんだよ……。何で『金色の姫君』みたいな凄腕のハンターじゃなくて、お前みたいなちんちくりんが、この村の居付きハンターなんだよ!」
そう吐き捨てるように叫ぶと、鬼門番は集会浴場を走り去っていった。
ユウは表情ひとつ変えず、その場に立ち尽くした。
その様子を、ギルドマネージャーや村長、オトモアイルーたちも、どう声をかけてよいものかわからない様子で見守っていた。
やがて、ユウは一言だけぽつりと呟く。
「『金色の姫君』、か」
「ご主人さま……」かんぴょうと玉露も、ユウを心配そうに見上げる。
『金色の姫君』もまた、ロックラック地方で指折りの凄腕ハンターであり、『漆黒の覇王』にも勝るとも劣らない名声を誇る。
リオレイア希少種の素材から作られた黄金の防具に身を包んだその姿からそう呼ばれている。
その名を呟いたユウの顔には、少しだけ複雑な感情が浮かんだ。
「なんだいユウ? 『金色の姫君』に心当たりでもあるのかい?」ギルドマネージャーは怪訝な表情で問い掛ける。
「いんや、何でもないよ」慌てて首を振るユウ。
「とにかく、ギルドとしては早急に狩猟依頼を出すことにする。異論はないな?」
「ええ。あの子を放置しておけば、渓流からの恩恵を享けられなくなりますしね」ギルドマネージャーの提案に、村長も同意する。
「うん。依頼を出すって事については、私も異論はないよ。……それじゃ、私はやる事があるからこれで」ユウはそう言うと、何か言いたげな表情のギルドマネージャーたちを尻目に、自分の家へと戻っていった。
家に帰り着くと、ユウはすぐに採取で手に入れた物をポーチから取り出しては、部屋の隅に置いてあるアイテムボックスに収納していく。
「ご主人様ー、本当にあれでよかったんですかニャ? あの頼りない門番はともかく、ギルドマネージャーや村長さんにまで愛想つかされたらまずいニャ」かんぴょうは心配そうな表情を浮かべ、ユウに問い掛ける。
「そうニャ。ご主人様は本当は」
「玉露、かんぴょう」玉露も何事か言いかけたとき、ユウがアイテムボックスに頭を突っ込んだまま、次の言葉を制する。
そして、アイテムボックスからゆっくり顔を出し、二匹に目を向けると、苦笑いを浮かべつつ、こう言った。
「ごめんなー。今夜のガーグァカレー、お預けになりそうだわ」

ユウたちが集会浴場を出てからしばらくの後、イビルジョーの狩猟依頼が正式に通達され、渓流の異変は村中の人々の知るところとなった。
村人たちはみな、嵐龍襲来以来の脅威に不安を隠し切れない様子であった。
そしてそれは、ユクモ村を訪れた旅のハンターたちも同様であった。
この日も数多くのハンターたちが村を訪れており、中には手錬のハンターと思しき者たちもいたが、イビルジョー狩猟の依頼書に手を伸ばそうとする者はいなかった。
無論、彼らが臆病なわけでは決してない。
その依頼を受けるということは、日頃自分たちが命を賭けて狩猟を行う対象である、強大な力を持った飛竜種をいとも簡単に食らい尽くす、文字通りの「モンスター」を相手にしなければならないということである。
いかに屈強なハンターが数を揃えたとしても、受注をためらうのは無理からぬ話であった。
そんな現状が伝わるにつれ、村人たちの不安は一層募るばかりであった。
そうしているうちに夜は更けていく。
「……誰も、依頼を受けようとしないですね」コノハが頬杖をつきながら、ため息を漏らす。
深夜の集会浴場。
イビルジョーによる非常事態のため、ギルドマネージャーとコノハたち受付嬢は不寝の番で対応をしていたが、この時間にあっても、誰一人として依頼書を取ろうとするハンターはいなかった。
「近隣の村や街にも依頼書を送ってはいるけれど、何も反応がないようね」資料に目を通しながら、ササユは答えた。
「にしても」天井を見つめ、コノハは言葉を続ける。
「どうしてユウさん、村の危機なのに様子見なんてしてるんでしょうね」
「さあ? それは私にもわからないけれど……ただ、彼女はあの門番くんが言うような臆病者ではないことだけは確かね」
「どうしてそう言い切れるんですか?」ササユの答えに、コノハが問い掛ける。
「あなたも見たでしょ? 彼女のギルドカード」
「ええ、そりゃ見ましたけど」
ユウがユクモ村に赴任してきた際、彼女のギルドカードは確かに確認した。
そこに記されていたのは、確かに『漆黒の覇王』からの推挙を受けるに相応しい実績の数々であり、並の実力のハンターではないことを窺い知ることが出来た。
「でも、『漆黒』さんに寄生していただけの三流ハンターだって可能性も」
ハンターの育成方法の1つとして、自らよりも実力のあるハンターの狩猟に同行し、現場で自らの成長を促すという方法がある。
しかし稀に、狩りには積極的に参加せず、場合によってはベースキャンプで時間を過ごし、あろうことか討伐後に報酬の分け前だけ受け取るという不届きな輩もいるのである。
それをギルドでは俗に「寄生」と呼んでいる。
「それはないわ」ササユがきっぱりと断言する。
「確かに『漆黒』さんとは時々狩りを共にしていたようだけれど、ほとんどの依頼は彼女とオトモのみで達成されていたわ。……それに」
「それに?」
「イビルジョーと遭遇する前、ナルガクルガ亜種と遭遇したって言ってたでしょ? ユウさん、そっちは討伐するつもりだったみたいよ」
「緑迅竜を? 一体なんでそんなことが分かるんですか?」コノハは首を傾げる。
「緑迅竜と遭遇した際、彼女は一度隣のエリアへ退却し、しばらくして再びそのエリアに戻った時、イビルジョーに遭遇したって言ってたわよね?」
「確かに言ってましたけど……」ササユの言葉に、さっぱり要領を得ない様子のコノハ。
「これを見なさい」ササユは一枚の紙をカウンターの上に置いた。
「これって……」コノハはそれを覗き込む。
「渓流の地図よ。ここがベースキャンプ。そしてここがナルガクルガ亜種やイビルジョーと遭遇したエリアで、ここがユウさんが一時退却した場所」ササユは地図に書かれたエリアを指差す。
「一時退却した滝のあるエリアは、ナルガクルガ亜種たちのいた湿地帯のエリアよりもベースキャンプに近い。 ……つまり」
「退却して納品依頼だけ達成するつもりなら、わざわざ隣のエリアにいる必要はない、ということですね?」言うが早いか、コノハが口をはさむ。
ササユは小さく、しかし満足げに頷いた。
「それに実はあの人、これまで受けた採取依頼でも、何度か大型モンスターを討伐してるのよ」
「え? そうだったんですか?」コノハにとっては初耳だった。
「あなたは下位ハンターの受付担当だから、上位ハンターであるユウさんの狩猟実績なんて、そんなに見る機会もないでしょうしね」そう前置きた上で、ササユは話を続ける。
「どの狩り場にしても、狩猟環境が不安定になった場合は上位ハンターのみ依頼を受けることが出来るのは、あなたも知ってるわよね?」
「はい。 予期しないモンスターと遭遇する可能性があるからですよね?」
「そう。 それに、ユウさんが来てからというもの、この周辺でさしあたって脅威になるようなモンスターの目撃情報が減ったと思わない?」
「言われてみれば……」ササユの言葉どおり、確かにユクモ村周辺では飛竜種をはじめとする強大な力を持った大型モンスターの目撃情報は大幅に減っていた。
「色んなモンスターと遭遇した記録が残ってるけど、生態系に影響を及ぼしそうなモンスターは全て討伐されてるわね」
「でも、それだと普通の狩猟依頼に比べて、報酬は少ないですよね?」
「ええ、そうね」コノハの疑問に、ササユは頷く。
「多分ユウさんの中では、モンスターを狩る事自体はそれほど重要ではなくて、村に安全と豊かさをもたらすことが重要なのではないかしら? ……それに」
「それに?」
「いえ、何でもないわ」ササユは何かを言いかけて、やめる。
「そうですか……」コノハは気になる様子だったが、それ以上は追及しなかった。
「とにかく、今の私たちに出来ることは、命を賭けてこの村を守ってくれるハンターさんを待つことだけよ」
「そうですね」ササユの言葉に、コノハも頷いた。
その様子を、集会浴場の入口の影で窺う小さな影があった。
しかし、ササユたちの会話が終わり、再び沈黙が訪れると、影はそっと姿を消した。

東の果ての夜の闇と山々の影が交わる場所が、次第に明るみを帯びてきた頃。
一晩中依頼を受けるハンターを待ち続けたササユであったが、疲れを隠し切れない表情を浮かべ、コノハに至っては、カウンターに顔を突っ伏したまま居眠りをしていた。
「さすがに、起きたままで一晩明かすのはきついわね」眠たげに目をこすりつつ、ササユが呟き、この非常時にあっても幸せそうな表情で眠る後輩を、少し恨めしげに一瞥する。
その時、入口の辺りに人の気配を感じた。
ササユが視線を向けると、その人物はまっすぐにササユの元に歩みを進める。
「あ、あなたは……」目の前に立つ人物の姿に驚いたササユは、そう言葉を絞り出すことしか出来なかった。

そして、陽の光が村をあまねく照らしだした時、村に異変が起きた。
前日の顛末を、かなりの主観を交えて吹聴して回った鬼門番が、彼の話を真に受けた村人たちを引き連れ、ユウの家の前で抗議活動を始めたのである。
モンスターも狩れない臆病者はハンターと名乗るな、臆病者は即刻村から出て行くべしという大音声が村中に響き渡る。
「これは一体、何の騒ぎですか?」騒ぎに気付いた村長が、慌てて鬼門番たちの下へ駆けつける。
「村長、もう遅いぜ! 俺たちの不満は、とっくに限界を超えてんだ!」鬼門番が息巻くと、他の村人たちも口々にそうだそうだとはやし立てる。
「こんな事をして、一体何になるというのですか? ハンター様を村から追い出そうとするなんて……」前代未聞の出来事に、普段はおっとりしている村長もさすがに動揺を隠せない様子であった。
「このユクモ村には、モンスターから逃げ出すような臆病者のハンターは必要ない!」鬼門番がヒステリックに叫ぶ。
「やれやれ。臆病者のハンターというのは、一体誰のことだい?」不意に、鬼門番たちの背後から声がした。
見ると、ギルドマネージャーがコノハ、ササユを伴って立っていた。
そして霊水を一口あおると、こう言った。
「みんな喜べ。 イビルジョーの狩猟を受注してくれるハンターが見つかったぞ」
その一言に、村人たちがどよめく。
「受注を受けてくれたのは、あの『金色の姫君』です」ササユが後に続く。
生ける伝説とも言えるその名を耳にした村人たちの顔には、安堵の表情が浮かび、目頭に涙を浮かべる者さえいた。
「そ、そうなのか? だったら、もうあの臆病者は用済みじゃないか! ……なあ、アンタからもアイツに出て行くように言ってくれよ」鬼門番は狂喜しながらギルドマネージャーに言った。
「それは出来ん」はっきりと拒否するギルドマネージャー。
「な、何でだよ……。どういう事だよ!」
「何でって……ユウは今朝早く、狩りに出かけたし」激昂する鬼門番に、あくまで冷静に対応するギルドマネージャー。
「今さら点数稼ぎかよ? 村の危機だってのに、アオアシラ1頭あたりを狩って許してもらおうったって、そうはいくか!」鼻で笑う鬼門番。
「アオアシラ? 何を言っとるんだチミは。 ユウが狩りに行ったのはイビルジョーだぞ?」
「なっ……! えっ?」ギルドマネージャーの一言に、鬼門番は混乱した。
「つまり、ユウ様がかの有名な『金色の姫君』だった、という事ですね」村長が聞く。
「そうなんですよ! 私たちも、すっごいビックリしました!」頬を紅潮させ、コノハが答える。
鬼門番はじめ、ユウを追い出そうとしていた村人たちは言葉を失った。

時間は少し前にさかのぼる。
空が白みだした頃、集会場に姿を現したのは、いつもの黒を基調とした動きやすさを重視した装備ではなく、ほぼ全身を保護するフルプレートタイプの防具を着込んだユウであった。
「ユウさん、その姿は一体……?」ササユはようやくその一言だけを口にする。
スカート状に広がりを見せる腰用防具が特徴的なそれは、雌火竜リオレイアの素材から作られるレイアシリーズと呼ばれるものに酷似している。
だが、雌火竜の甲殻や鱗から作られる暗緑色のレイアシリーズとは違い、ユウが身にまとう防具は金色、それも金属独特の磨き上げられたような黄金色ではなく、どこか月の光を連想させる、生物的な風合いを持った鈍い金色である。
「うん。うちの玉露に様子を見に行かせたら、誰もイビルジョーの狩猟依頼を受ける様子がないみたいだったからさ。ちょっと、私が本気出してみようと思った」ユウは事も無げに言う。
「……んにゃ? どうしたんですか、ササユ先輩? ……って、ユウさんがすっごい金ピカ!?」寝ぼけ眼のコノハも、ユウの姿を見た途端、驚きで一気に目を覚ました。
「その装備、ゴールドルナシリーズですよね? ……では、ユウさんがあの『金色の姫君』なのですか?」いつも冷静沈着なササユも、心なしか少し声が震えている。
モンスターの中には、住む環境などの違いに適応した「亜種」が存在する場合がある。
さらにその中で亜種の中の亜種、「希少種」と呼ばれる個体がまれに存在する。
そして、亜種、希少種の方が原種よりも獰猛かつ強大な力を持つことが多いが、絶対的な個体数が原種に比べて少なく、希少種に至ってはその目で確かめることもなく一生を終えるハンターも多い。
そのようなモンスターに遭遇し、なおかつ狩猟するには、ハンターとしての類い稀な腕前はもちろんのこと、それと同等、あるいはそれ以上の強運も要求されるのである。
そんな希少なモンスターの一種であるリオレイア希少種、別名・金火竜の素材から作られる防具はゴールドルナシリーズと呼ばれ、その高貴かつ優美な見た目もさることながら、非常に堅固な防御力を誇るがゆえに、全てのハンターの羨望の的となっていた。
もちろん、そのような貴重な防具を身に付けることを許されたハンターなど、そうそういるわけではない。
ササユの知る限り、この地方でゴールドルナシリーズをまとうのはただ一人、『金色の姫君』と呼ばれる凄腕のハンターだけであった。
しかし、当のユウはといえば、「金色の姫君」の名前が出た途端、何やら複雑な表情を浮かべ、
「うん。まあ、そんな呼び名で呼ばれてた時代も無きにしもあらず、というか、無い事も無い、というか、そんな感じ」などと、いまいち煮え切らない態度を見せた。
「……ユウさん、何挙動不審になってるんですか?」そんな様子のユウに、ササユは怪訝な表情を浮かべる。
「そうですよ! 『姫君』なら『姫君』らしく、もっと堂々しないと!」
「……ねがい……めて……」力説するコノハに対し、ユウはうつむいたまま、ボソボソと何事かを呟く。
「大体ユウさん、どうして今まで『姫君』だと言うことを黙ってたんですか?」しかし、コノハはそれに全く気付かない様子で一方的にまくしたてる。
「『金色の姫君』と言えば、あの『覇王』さんと同じくらい超有名な凄腕ハンターじゃないですか! それなのに何故」
そこまでコノハが言いかけたとき、ユウは急に身体をわなわなと震わせると、
「ううう……」がっくりと肩を落とすユウ。
「ど、どうしたんですかユウさん?」あまりの落ち込みように、あせるコノハたち。
「お願いだから、『姫君』って呼ぶのは本当にやめて。 ……そもそも『金色の姫君』っていうネーミングセンス、成金みたいで好きじゃないんだわ」
ユウは苦虫を噛み潰したような顔で呟く。
「好きじゃないって、自分で付けた称号じゃないんですか?」怪訝な表情で聞くコノハ。
「違うよ。 ……あれは、私が他の獲物を狩ってる最中に、たまたま姿を現したリオレイア希少種を捕獲したとき、個体の引き取り手だった王族に勝手に付けられた称号なのだ」ユウは言いながら、深くため息をついた。
「だったら、なおさらすごいじゃないですか! 王族から直々に称号を付けてもらえるハンターなんて、そうそういるもんじゃないですよ?」
「娯楽目的で貴重な個体を金で買い取るような王族から称号なんかもらっても、嬉しくもなんともないわ」ユウは憮然とした表情で、吐き捨てるように言った。
「それにさ、年取って婆さんになっても『姫君』とか呼ばれるの、嫌じゃないか? 噂を聞きつけたハンターとか行商人とかがさ、『金色の姫君ってどんな人なんだろー』って期待しちゃって、婆さんが出てきたらかわいそうじゃん」
ユウは、何とも憂鬱そうに俯くと、ポツリと呟く。
「……やっぱり私は、『ソルとツルツル』とか『プーギー丸こげ』みたいな称号の方がいいや」
「いやいやいや、多分そっちのほうが恥ずかしいと思いますよ」すかさずツッコミを入れるコノハ。
「ひょっひょっひょっ! なんだか様子がおかしいと思ったら、そういう事だったのか」
不意に、コノハたちの背後から笑い声が聞こえた。
3人がそちらを見ると、そこにはギルドマネージャーが立っていた。
ギルドマネージャーは、手に持ったひょうたんの中身を一口あおると、こう言った。
「チミは、あんまり自分の実績を誇示したがらないタイプのようだね。あるいは、そうならざるを得ない事情でもあったかな?」
図星だったらしく、ユウは一瞬ぎくりとするが、ギルドマネージャーはさらに続ける。
「良く言えば謙虚、悪く言えば自分を過小評価しすぎだね、チミは。 ……だがね、ユウ。名付けられた経緯はどうあれ、チミのその二つ名に希望や憧れを持つ者が多いのも事実だよ」
それは、ユウ自身もよく分かっていることだった。
しかし、だからこその苦しみもいやというほど味わってきた。
ユクモ村に来る以前の彼女は、旅をしながら様々な依頼を受ける、流れのハンターであった。
行く先々で強大なモンスターを確実に狩猟する手腕で、みるみる頭角を現していった。
そんな折、とある狩り場に偶然姿を現したリオレイア希少種を、激闘の末にどうにか捕獲したのである。
そして、捕獲した個体をギルドに引渡す際、噂を聞きつけたさる王族の使いなる者が引渡しの場に訪れ、個体を引き取っていった。
その後ユウは王宮に招かれ、莫大な褒章金と金火竜の素材から作られた武器と防具、そして『金色の姫君』という称号を賜ったのである。
妙齢の女性ハンターが、まみえる事さえ困難な金火竜をたった一人で(実際には、かんぴょうたちオトモアイルーを伴っての狩猟だったのだが)制したという話は、瞬く間に新大陸を駆け巡り、ユウは一躍時の人となった。
黄金に輝く武器と防具は自身の身体によく馴染み、あたかも金火竜の化身となったがごとく、彼女は数々の強大なモンスターに挑み、打ち倒していった。
しかし、狩猟の実績を積み重ねるほど、その活躍は誇張されて尾ひれが付き、次第に『金色の姫君』の名前が一人歩きするようになった。
曰く、毒怪竜の群れをたった一人で屠った。
曰く、火竜のつがいを一睨みで追い払った。
曰く、峯山龍の巨大な牙を素手でへし折った。
はじめのうちは一笑に付していた彼女も、自分を見る周囲の目が変わって来たことに気付いた。
あるいは『金色の姫君』に不可能は無いという、信仰心にも似た過剰なまでの畏敬の念。
あるいは『金色の姫君』の大きな名声への、同業者からの妬み。
あるいは『金色の姫君』が強大なモンスターよりも強いということからくる、より強大な力への恐れ。
まるで真綿で首を締められるように、ユウは徐々に言いようのない孤独感に苛まれていった。
ハンターを引退し、どこかの村にでも引きこもろうかと思いつめたことも、一度や二度ではなかった。
しかしその一方で、ハンターを続けたいと強く願う気持ちもあった。
悩みに悩んだ末、ユウはハンターを続けることにした。
ただし、自分が『金色の姫君』であることを知らない場所で、金火竜の武器と防具は封印して。
『漆黒の覇王』とは、ちょうどその頃に出会った。
狩場への中継点にあるとある村で、成り行きで共に狩猟依頼を受けたのをきっかけに、それから時々狩りを共にするようになっていった。
『覇王』には、自分が『姫君』であることを一度も言わなかったが、ひょっとしたら薄々感付いていたのかもしれない。
出会ってからしばらく経ったある日、『覇王』は突然、別の地域に移住することをユウに打ち明け、それまで自らが住んでいたユクモ村の専属ハンターの後継者として推薦したのである。
半ば強引な推薦であったが、ひなびた温泉郷でゆっくり過ごせるということもあり、結局その申し出を受けて現在に至る。
その時は、まさか凶暴竜の脅威にさらされるとは思いもよらなかったが。
「私は、何も特別な人間なんかじゃない。 やるべきことをちゃんとやってきただけなのだ。 ……変に特別扱いされるのは、もうたくさんなのだ」
絞り出すような声で、ユウが呟く。
それは、力を持つ者だけが持ちうる苦悩であり、ようやくユウが口にした本音であった。
ギルドマネージャーは「ふむ」と呟き、いつものように霊水をあおると、こう言った。
「ユウ。 なぜ『漆黒の覇王』は、チミを自分の後釜として招いたか分かるかい?」
ユウはしばし考え、答えた。
「それは、私が『金色の姫君』だと感づいたから?」
「ひょっひょっひょっ! 違うさ。 わが道を行くタイプのあの男が、そんなことに気付く訳がないさ」大笑いするギルドマネージャー。
「じゃあ、何で?」
「アイツから届いた推薦状にはな、こう書いてあったんだよ。『俺の後釜に相応しい、腕利きの奴を見つけた。ただ、そいつは自分の居場所を見つけられなくて悩んでいるようだから、安心して帰れる場所を作ってやってほしい』とさ。……面白いもんだね。 相手が何者であるかも分からないくせに、そういった物事の本質を見極める術だけは身に付けているらしい」
ギルドマネージャーはそこで一旦言葉を切ると、一つ大きく息を吸い込み、ニヤリと笑うと再び口を開いた。
「しかしチミはあれだね。 器用そうに見えて、意外と不器用だったりするね」
「むしろ、不器用の塊だよ」ユウは憮然とした表情で答えた。
そんなユウの様子を見て、さもおかしそうにギルドマネージャーは笑う。
さらに仏頂面になるユウ。
「いやはや、すまんね。別に悪気はないんだよ。気を悪くせんでおくれ」ひとしきり笑ったあと、咳払いをする。
そして、飄々としたいつもの雰囲気とはうってかわって、周囲の空気がピンと張り詰める。
「では改めて、ユクモ村専属ハンター・ユウよ。チミにこの村の運命を託すぞ。見事イビルジョーを狩猟してきてくれ」
いつになく厳粛なギルドマネージャーの言葉に、ユウも無言で頷く。
「ああ、それと」そこでギルドマネージャーは相好を崩し、言った。
「チミなら大丈夫だとは思うが、無事に帰ってくるがいいさ。 ……チミの帰る家は、ここにあるのだからね」
その言葉に、ユウは少しだけくすぐったいような表情を見せると、すぐに真顔に戻り、短く一言「おう」とだけ答え、オトモたちを伴い、集会浴場の裏口から出発していった。

「……というわけだよ、チミたち。 ここまでの話を聞いても、まだユウが臆病者だなんていう者はいるかい?」
ギルドマネージャーが静かに、しかし有無を言わせない強い口調で言う。
先ほどまで、あれほどユウ追い出すべしと声高に叫んでいた村人たちは――あの鬼門番でさえ、誰も異議を唱えることは出来なかった。
「さあ、何をしているのですか? 早くお戻りなさい。ユウ様が私たちの為に命を賭けておられるというのに、こんな事をしていてはなりませんよ」
村長のその一言で、村人たちは我に返り、一人、また一人とその場を離れていった。
ただ一人、鬼門番を残して。
俯き、呆然と立ち尽くす鬼門番に、村長はそっと近づく。
「村長……オイラ、アイツにひどい事ばっかり言っちまった。 アイツの考えてることを分かろうともしないで、追い出そうとしちまったよ」
鬼門番はそう呟き、うなだれる。
この青年は思い込みが激しく、暴走しがちで直情的な面も多々ある反面、根は善人で、自分が間違っていると分かれば、ちゃんと反省できるということを村長はよく知っていた。
村長は鬼門番の肩に手を置き、静かな口調で言った。
「本当に悪いことをしたと思うのなら、まずはあなたに出来ることを考えなさいな。 あなたにはあるのでしょう? この村を守るという使命が」
「村長……」
「そして、ユウさんが帰ってきたら、ちゃんと謝ること。 よくって?」
「村長、わかったよ。 ……オイラ、アイツがいつ帰ってきてもいいように、この村の警備を頑張るよ。 なんたってオイラは、泣く子も黙る鬼門番さまだからな!」
鬼門番は、村長の言葉に大きく頷くと、一目散に村の入口まで走っていった。
村長はその様子を見届けると、集会浴場の向こうに見える山々を振り返った。
その先には、ユウが向かったであろう渓流がある。
(ユウ様、どうぞご無事で)
村長は、その端正な顔に少しだけ不安の表情を浮かべ、この村にかけがえのない存在となったハンターの無事を祈った。
(続く)
「ぷはぁーっ! やっぱり温泉に浸かりながらの一杯は格別なのだ」
集会浴場から見える山々を見下ろす絶景を肴に、ユウは温泉に浸かりながら酒を飲んでいた。
「ご主人様、こんなにのんびりしていて、本当にいいのかニャ?」かんぴょうがユウに問い掛けるが、その言葉とは裏腹に、完全にリラックスしきった表情である。
「そうだニャ。せっかくこの村専属のハンターになったのに、狩猟の依頼はほとんど旅のハンター任せになってるニャ」
玉露もユウに苦言を呈すが、こちらもリラックス……というよりも、すっかりだらけきった様子で、言葉に全く説得力が無かった。
ユウがユクモ村にやってきて、ひと月が経とうとしていた。
しかし、彼女は大型モンスターの狩猟依頼を全て村に立ち寄ったハンターに譲り、自身は採取依頼などの比較的地味とも言える依頼を中心に請け負っていた。
「だんだん、村の人たちもご主人様の実力を疑問に思いはじめてるニャ。 本当にそれでいいのかニャ?」
玉露がもっともらしいことを言うが、やはりだらけているため、その言葉にはなんの重みも説得力もない。
「狩猟依頼かー」ユウは伸びをすると、気だるそうに呟く。
「私、ドボルベルクの背中のコブで昼寝したときの寝心地を調べる依頼がいいな」
「……ご主人様、そんな依頼絶対無いニャ」ユウの言葉に、思わずツッコミを入れるかんぴょう。
「えー? そんなん分かんないじゃん。ひょっとしたら、どっかの物好きな王族がそんな依頼持ってくるかもしれないじゃん」不満げに口を尖らせるユウ。
「いくら王族に物好きが多いといっても、自分を危険にさらしてまでそんなことを試そうとする阿呆は居ないと思うニャ」
玉露にぴしゃりと言われ、ユウは不満げに頬をふくらませた。
「とにかく、そろそろ村の人たちにも分かる形で何か大物を仕留めないと、この村での狩猟生活にも色々と支障をきたすニャ」
「わかったよ。……それじゃあ、ドボルベルクの大回転攻撃が最大で何回転なのか、尻尾に乗って確かめる依頼を受けるよ」
「だから、そんな依頼も絶対無いニャ! 」
「大体、ご主人様は何でさっきからやたらとドボルベルクにこだわってるんだニャ?」
ユウのとんでもない発言に、だらけていた2匹のオトモが一斉にツッコミを入れた。
「えー? いいじゃんドボル。 おっきいし可愛いし。あとたまにキノコも生えてるし」
のらりくらりとはぐらかすユウの様子に、オトモたちもそれ以上何かを言う気は失せてしまった。
「さあ、ひとっ風呂浴びたら渓流までキノコ狩りに行くよ」

――『それ』は、非常に飢えていた。
その巨大すぎる体躯と、高い体温を維持するためには、常に何かを捕食しなければ生きていけなかった。
ケルビやアプトノス、ズワロポスは言うに及ばず、ジャギィやフロギィ、時には大型の飛竜種でさえむさぼり食らう。
「それ」にとって、目の前に映る動くものは全て捕食対象なのである。
その時も「それ」は手当たり次第に食らい尽くし、ついにはそこを縄張りにする飛竜のつがいをも自らの胃袋に納めてしまった。
そうして、辺り一帯に餌となる生物が姿を消したことを悟ると、雷鳴もかくやという咆哮を周囲に轟かせる。
眼に爛々と赤く不気味な光を湛え、黒味がかった暗緑色の身体には、過去に負ったと思われる無数の古傷が、眼と同じ血の色に浮かび上がる。
そして「それ」は、再び獲物を求め、再び何処かへとさまよう。
決して満たされることの無い食欲を満たさんがために。

ユクモ村にほど近い渓流。
ここはかつて嵐龍アマツマガツチの襲来により放棄された旧ユクモ村の跡地で、現在は様々なモンスターの住処となっている。
元々栄養豊富な土壌で水も豊富であることから、様々な山の恵みも採ることができる。
その中でも、木々が鬱蒼と茂るエリアがある。
集会浴場で一風呂浴びたユウたちは、この場所で厳選キノコの採取にいそしんでいた。
「ご主人様ー、マンドラゴラがこんなに採れたニャ!」玉露が両手いっぱいにマンドラゴラを抱え、隣でキノコを採るユウに得意げな表情で見せる。
「おおー、よくやったのだ玉露」
「玉露ばっかりずるいニャ! ボクだって、こんなにハチミツを採ってきたニャ!」近くの蜂の巣からハチミツを採取していたかんぴょうが、不満そうにハチミツの壷を抱え、ユウたちの下に駆け寄ってくる。
「よしよし、二匹ともよくやったのだ」ユウは満足げにうなずくと、二匹の頭をなでてやった。
玉露たちは嬉しそうに目を細め、ゴロゴロと唸った。
「さてと、この辺は大体採取しつくしたし、夕食用にガーグァでも狩ってから村に戻ろうか」
そう言うと、ユウは二匹を伴い、ガーグァが群生する場所へと向かった。
滝が流れるエリアから坂道を下った場所に、湿地帯がある。
そこにはたくさんの雷光虫が生息しており、それを主食とするガーグァもまた群れを成していた。
湿地帯にたどり着いたユウたちは、近くの木陰でその様子を見ていた。
「うふふ、よりどりみどりじゃないか。 ……かんぴょう、玉露、いくよ」
「了解ニャ!」
ユウの合図と同時に、一人と二匹は木陰から飛び出す。
そしてユウはガーグァの群れの中でひときわ大きな個体に、かんぴょうと玉露はその次に大きな個体へ向け、それぞれ猛然と走り出す。
一心不乱に雷光虫をついばんでいたガーグァがユウたちに気付く頃には、その距離はかなり縮まっていた。
ユウは駆け寄りざまに腰の得物を抜き放つ。
何枚もの刃が取り付けられた双剣――ヒドゥガー改を閃光のごとく振りかざす。
刃竜ナルガクルガの鋭利なブレードをふんだんに使って作られた鋭利な刃は、狙いたがわず振り向いたガーグァの首筋を切り裂いた。
ガーグァは血飛沫を上げ、そのまま地面に倒れこんだ。
ユウはかんぴょうと玉露が狙った個体の方を向くと、二匹が足止めしているのを素早く確認し、そのままダッシュから切りつけた。
こちらも倒れると、二~三度痙攣したのち、そのまま動かなくなった。
ユウたちが仕留めた二匹以外、他のガーグァは全て逃げてしまった。
「よっしゃ、お疲れさん。 ……ちゃっちゃと剥ぎ取って、今夜はユクモ風ガーグァカレーにするよー。君たちの採ってきたキノコとハチミツもたっぷり入れるのだ」
「やったニャー!」
「ご主人様のガーグァカレー、楽しみニャー!」
小躍りして喜ぶアイルーたちを横目に、ユウは腰に差してあった剥ぎ取り用のナイフを抜き、手際よくガーグァから食糧となる生肉を剥ぎ取っていく。
アイルーたちに水辺から大きめの蓮の葉を持ってくるよう指示し、剥ぎ取った肉をそれに包む。
「そんじゃ、帰ろっか」
「了解ニャ!」
ユウたちは荷物をまとめ、ベースキャンプまで戻ろうとした。
その時である。
突如、ユウたちの頭上が暗くなった。
見上げると、何かが上空から飛来してくるのが見えた。
「かんぴょう、玉露、避けるのだ!」ユウはアイルーたちに指示すると、自らも荷物を担いだまま、緊急回避を取る。
その刹那、先程までユウたちがいた場所に何か巨大なものがズシリと音を立てて降り立った――いや、落ちてきたと言う方が正確であろうか。
「ケホッケホッ! な、何だ一体?」もうもうと立ち込める砂埃にむせつつ、ユウはそちらを見る。
やがて砂煙が晴れると、「それ」が姿を現した。
全身を覆う針のような剛毛としなやかな尻尾、両前足に左右三枚ずつブレード様の鱗を持つ飛竜。
身体的な特徴は迅竜ナルガクルガのそれであるが、通常見かけられるナルガクルガの体毛が漆黒であるのに対し、目の前の個体の体毛は、深い森を思わせる緑色であった。
ナルガクルガ亜種、別名を緑迅竜という。
ナルガクルガ亜種は琥珀色の瞳をユウたちに向け、鞭のように尻尾を地面に叩きつけながら威嚇する。
「ど、どうするニャ、ご主人様?」心配げにユウの方を見上げるかんぴょう。
「ん~」しばし虚空を見上げつつ考えるユウであったが、ややあって。
「太刀打ちできるだけの装備も、手持ちのアイテムも充分。ま、大丈夫でしょ」
「それじゃ」
「うん、狩ってしまうのだ」かんぴょうに対し、あたかも近所に散歩にいくような気軽さでユウは答えた。
でもその前に、言葉を続けるユウ。
「まずは隣のエリアで、今あるアイテムを調合してしまうのだ」
「了解ですニャ!」
ユウの言葉に2匹はうなずくと、脱兎のごとく駆け出した。
ユウも時折振り返りながら緑迅竜の様子を確認しつつ、オトモたちの後を追った。
ナルガクルガ亜種は威嚇はするものの、危害を加えない限り攻撃してくる様子はなかった。
そうしているうちにユウたちは、ナルガクルガ亜種から無事に逃げ仰せ、湿地帯に隣接する滝のあるエリアまで戻ってきた。
川のほとりで手早く調合を済ませ、準備を整えたユウたちが、ナルガクルガ亜種の待つ湿地帯に戻ろうとした。
その時である。
湿地帯の方から、咆哮が聞こえてきた。
しかしそれは、迅竜種に特有の耳をつんざくような金切り音ではなく、地鳴りにも似た、大地を震わせるほどの凄まじいものであった。
脳を揺さぶられるような轟音に、ユウとオトモは思わず耳をふさぐ。
「鼓膜にビリビリくるこの咆哮……。まさか!?」
動揺しながらも、ユウたちは咆哮の主を確認するため、湿地帯へと引き返す。
木陰に隠れつつ、様子を確かめようとした彼女らの視界に、驚くべき光景が飛び込んできた。
ナルガクルガ亜種が何者かと対峙していたが、ユウたちのいる位置からでは、それが何者であるかを確認することはできなかった。
しかし、ついさっきまで五体満足だったはずのナルガクルガ亜種が、見るも無残なほどにぼろぼろの状態だったのである。
両前足に生えたブレードは刃こぼれし、体中が何かに食いちぎられたような無数の傷を負っていた。
ナルガクルガ亜種は息も絶え絶えの状態で足を引きずり、その場から逃げ去ろうとする。
その刹那。
何か巨大なものが逃げようとするナルガクルガ亜種の上にのしかかった。
それは、緑迅竜よりもはるかに大きな獣竜種であった。
顎に無数のトゲが生えた小さめの頭部や前足とは対照的に、異様なほどに発達した胴体と後ろ足。
全体的にずんぐりした体型は、暗緑色のぬめぬめした光沢も相まって、まるで巨大なヒルが足を生やして立っているかのようであった。
その獣竜種は、緑迅竜を巨大な前足で踏み付けると、その小さな頭部とは不釣合なほどの巨大な口を開き、獲物の肩口に食らいついた。
悲鳴にも似た咆哮を上げる緑迅竜。
そんなことはお構いなしとばかりに、「それ」は食らいついた肩口から肉を引き裂き、咀嚼する。
断末魔の悲鳴を上げながら必死に抵抗する緑迅竜であったが、その声もだんだん細くなり、やがて動かなくなった。
「それ」は動かなくなった獲物のあらゆる箇所に食らいつき、なおも捕食を続ける。
「やっぱり、イビルジョー……」ここに至り、ようやくユウは乱入してきた者の正体を知ることになった。
イビルジョー。
凶暴竜とも呼ばれるそれは、自身の高すぎる体温ゆえに消耗しやすい体力を維持するため、常に何かを捕食しなくてはならない習性を持っている。
その捕食対象は幅広く、草食竜などだけではなく、時には、まさに今のように飛竜種さえも糧とすることもある。
そのため、狩猟場の生態系をも壊しかねない危険な存在である。
「どどど、どうするニャ? ご主人様」かんぴょうは動揺しきった口調でユウに聞く。
「……そんなの、知れたことなのだ」ユウは静かな口調で答える。
「逃げるのだ!」
言うが早いか、ユウは一目散にその場を走り去った。
「あ、ひどいニャご主人様!」
「ボクたちを置いていかないでニャー!」
慌ててユウの後を追う玉露とかんぴょう。
その場には、その肉体のほとんどを捕食されたナルガクルガ亜種の亡骸と、勝ち誇るように咆哮するイビルジョーの姿だけがあった。

(続く)
涼風がユクモ村へと続く山道を吹き抜け、一面の紅葉を揺らす。
空は高く、鰯雲が流れていた。
新大陸の中心都市であるロックラックの遥か東には広大な山脈が広がっており、
そこでは様々な山の恵みを享受することが出来た。
特にその山々の奥に位置するユクモ村は、豊富な湯量を誇る温泉が湧いており、
風光明媚な景観と相まって、大陸各地から観光や湯治の客がひっきりなしに訪れていた。
しかし、今でこそ豊かな恵みと多数の旅人たちの落とす金で栄えているが、
数年前に一度、村存亡の危機が訪れたことがある。
霊峰と呼ばれる険しい山にしか生息していなかったはずの雷狼竜ジンオウガ、
さらに嵐龍の異名を持つ古龍アマツマガツチまでもが村の近くに姿を現し、
一時は村ごと放棄し、あわや壊滅という事態まで追い込まれた。
しかし、当時ユクモ村を拠点にしていたとあるハンターがそれらの狩猟を成功させ、
大きな脅威の去ったユクモ村は今日の反映を謳歌することができたのだった。
そこへ続くなだらかな斜面を、荷物を満載した荷車が丸鳥ガーグァに牽かれ、ゆっくりと上っていく。
馭者の席には2匹のアイルーが座っており、それぞれ緑色と茶色の毛並みを持っていた。
ガーグァの手綱を引いているのは緑色のアイルーで、その隣で茶色のアイルーが居眠りをしている。
そして荷台には、整然と積まれた荷物に埋もれるように眠りこける小さな人影があった。
荷車はゴトゴトと音を立てて坂を登り、やがて村の入口前で止まった。
「かんぴょう、起きるニャ!」手綱を握っていた緑毛のアイルーは、隣で眠っている茶毛のアイルーを起こす。
「ムニャ~……。ボク、もう食べられないニャ~」
かんぴょうと呼ばれたアイルーは、夢うつつの状態で意味不明な言葉をつぶやく。
「かんぴょう! 寝ぼけてないで起きるニャ!」かんぴょうの襟首をつかみ、ガクガクと大きく揺する緑毛。
「ウニャ!? ……玉露、ボクのサシミウオ盛り合わせはどこに行ったニャ?」
そこでようやくかんぴょうはようやく目を覚ました。
緑毛――玉露と呼ばれたアイルーは呆れ顔でため息をつく。
「かんぴょう……。そんなもん、ここには無いニャ。それよりも、ユクモ村に着いたから、ご主人様を起こしてきて欲しいニャ」
「ニャニャッ! ようやく着いたのニャ? わかったニャ、すぐに起こしてくるニャ!」
言うが早いか、かんぴょうは荷台へと走っていった。
「ご主人さまー、着いたニャー! 起きてニャー!」
かんぴょうは、荷物の山に埋もれるように身を沈めている『ご主人様』の身を揺する。
かんぴょうに揺り起こされ、『ご主人様』はむくりと起きだす。
『ご主人様』は女性だった。
少しクセのある長い黒髪に、白い肌と薄い唇。
細く形の良い眉は意志の強そうな印象を与えていたが、二重のまぶたは寝起きのせいか、
まだ焦点が定まっていない様子だった。
黒を基調とした体のラインがはっきり出る服を着込んでいる姿は、確かに大人の女性のそれであるが、
身長が子供と見まごうほどに小柄なせいもあり、見た目だけで年齢を推し量るのは困難に思われた。
『ご主人様』はしばらく周囲を見回し、最後にかんぴょうをじっと見つめるとただ一言、
「おやすみ」とつぶやき、そのまま寝ようとする。
「ご主人様ー!?」あせるかんぴょう。
かんぴょうの努力の甲斐あって、どうにか『ご主人様』は目を覚ました。
『ご主人様』は荷車から降り、ユクモ村へと続く目の前の長い石段を見上げる。
「おおー、ここがユクモ村かー。……では早速、温泉に入りながらお酒をいただくのだ」
「ご主人様、ボク達は観光に来たわけじゃないニャ」玉露が「ご主人様」にツッコミを入れる。
「わかってるって。……とりあえず、ここの村長さんに挨拶しとくよ」
「行ってらっしゃいニャ、ご主人様~」
「ボク達は荷車でお留守番してるニャ~」
『ご主人様』はアイルーたちに見送られながら、ずんずんと石段を登り始めた。

村に近づくにつれ、硫黄の臭いがかすかに鼻をつく。
見上げてみると、あちらこちらで湯気も上がっている。
「おう、こりゃいい感じでひなびているのだ」
『ご主人様』は期待たっぷりといった表情で石段を登り続ける。
そして石段も終わりにさしかかった頃、岩場から人影が飛び出してきた。
「待て」
その人物は逆光を浴び、腕組みをして『ご主人様』を見下ろすように仁王立ちしていた。
「子供が一人で何の用だ? 親はどうした?」
年齢は20代後半だろうか。
無精髭を生やした角張った顔の男が、『ご主人様』に向かって妙に威圧的な態度で問いかける。
「え? 私?」
子供という言葉で、『ご主人様』は途端に不愉快そうな顔つきになる。
「お前の他に誰がいるというんだ? 大体、子供にそんな露出の多い服を着せるなんて、お前の親は一体何を考えとるんだ」
角張った顔の男は不機嫌そうな『ご主人様』の様子には一向に気づかないのか、勝手に憤慨し始める。
「……そもそも、最近のガキ共はマセ過ぎなんだよ。おいらなんか生まれてこの方、彼女どころか女の子と手を繋いだこともないっての」
「黙れ童貞」
『ご主人様』は苛立ちを隠そうともせず言うと、ぶつぶつと恨み節をつぶやき始めた男の向こう脛を思い切り蹴飛ばした。
急所を蹴られ衝撃と激痛で、男は蛙のつぶれたような悲鳴を上げると、もんどり打って倒れた。
「くっ、何しやがるこのガキ!」
「うっさい、おっさん」
「なっ、おっさんだと!? おいらは、このユクモ村にその人ありと謳われた鬼門番だぞ!」
男――鬼門番は、 無様に地面を転がったまま、蹴られた脛を押さえてわめく。
「鬼門番? 自分で鬼門番とか言っちゃうんだ」鼻で笑う『ご主人様』。
「何笑ってやがる! おいらは、あの『漆黒の覇王』の良きライバルだったんだぞ!」
「へえ、『漆黒の覇王』のねえ……」そこで『ご主人様』の目つきが変わる。
『漆黒の覇王』とは、ユクモ村を拠点に狩猟を行なっていたハンターで、数々の伝説が広く語られている。
しかし現在は村を離れ、別の地域に移住したと言われている。
「そうだ! だから……」
「だったら、アカムトルムを一人で討伐できたりするんでしょ?」
「へ?」
『ご主人様』の一言に、鬼門番は唖然とする。
アカムトルム、またの名を『覇竜』。
翼はないものの、骨格が『轟竜』ティガレックスに酷似していることから、
最も原始的な飛竜種の一種と分類されている。
しかしながらその力は生ける災害とも呼ばれ、その力の強大さ故、
神とも崇められる古龍種にも匹敵すると言われている。
それゆえ覇龍の狩猟は、ハンターズギルドから認定された手練のハンターによる集団狩猟が常識となっていた。
ところが『漆黒の覇王』は常識を覆し、この恐るべき覇龍の狩猟を、たった一人で成し遂げたのである。
「『漆黒の覇王』のライバルを名乗るんなら、それくらいは朝飯前ですよねえ、鬼門番さま?」
『ご主人様』はニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「ぐっ、ぬっ……」ぐうの音も出ない様子の鬼門番。
「ふふん、口先だけの人間に私が言い負かされるはず無いじゃん」
勝ち誇った表情で『ご主人様』は胸を反らせる。
「ぐぬぬ……ぬがーっ!」鬼門番は悔しそうに地団駄を踏む。
「何? 言いたいことがあるなら言いなよ」余裕の表情で『ご主人様』は挑発する。
「え……偉そうに言うな! 大体、お前は何者なんだよ!?」
指を差された『ご主人様』は、不敵な笑みを浮かべたまま、言った。
「私の名前はユウ。 『漆黒の覇王』のたっての頼みで、この村に派遣されてきたハンターなのだ」

ひと悶着の後、その正体に口をあんぐり開けたままの鬼門番を尻目に、『ご主人様』ことハンター・ユウは、まずを散策しつつ、この村を治める村長を探す事にした。
どんなハンターでもそうであるが、初めて訪れる街ないし村を拠点にするときには、その集落
――ユウの場合は村――を治める者や、その土地を統括するハンターズ・ギルドの出張所に挨拶をし、
当面のねぐら、狩猟などの準備やその他生活に必要な施設を提供してもらう。
その代わり、ハンターは村長やギルドからの様々な依頼、例えば鉱石やモンスターの卵などの採取、
時には近隣を脅かすモンスターの狩猟などを請負い、様々な恩恵をもたらすのである。
村は、勾配の急な山の斜面を切り開いて作られ、入口付近にある雑貨屋や武器工房などの商業施設、
中ほどにある村人たちの集落、頂上に建造された大きな建物と、ちょうど階段のような造りになっていた。
ユウは、雑貨屋の軒先で村の名物である温泉卵を試食させてもらい、
そのとろけるような滋味に舌鼓を打ったあと、竜人族の老鍛冶師の仕事ぶりを見学しつつ、村長の居場所を聞き出した。
商業施設のある場所からさらに石段を登ると、ちょっとした広場になっており、その周辺に民家が点在していた。
老鍛治師から教えてもらった風体の人物を求め、ユウは広場を見回してみる。
「村長は、と……。あ、いた」
ユウの視線の先、頂上の大きな建物へと続く石段のそばにあるベンチに、探していた人物がいた。
色鮮やかな衣服をまとった、頭の上の大きな髪飾りと殿上眉、竜人族の証である長い耳を持った女性が、
そよ風に揺れる紅葉を見ながら茶をすすっていた。
見た目は妙齢の女性であるが、竜人族の寿命は人間のそれとは比べ物にならないほど長く、
恐らくはユウよりもずっと長く生きているに違いなかった。
ユウが近づくと、向こうも気付いた様子で会釈をする。
「あのー、すみません。ここの村長さんですか?」ユウは竜人族の女性に聞いた。
「ええ、そうです。私はこのユクモ村の村長で、この上にある集会浴場の女将も努めさせていただいておりますすのよ。……ところで、あなたは?」
竜人族――村長に聞かれ、ユウは簡単に自己紹介した。
「まあ、『覇王』さまの……。それはそれは」
ユウが『漆黒の覇王』から紹介されたハンターであることを知った村長は、にっこりと微笑む。
「あの方からのご紹介なら、この村も安泰ですわ。ようこそユクモ村へ」
メタペタットという村がある。
旧大陸西部アルコリス地方のジォ・クルーク海に面した場所に位置する村だ。
その昔、大型の古龍である老山龍ラオシャンロンが通ってできた道を利用し、
「モンスターの楽園」と呼ばれるメタペ湿密林へと狩猟に赴くハンター達によって拓かれたのが始まりと言われている。
現在でも狩りに出かけるハンターたちの中間拠点として利用されることも多く、
場所柄、東方からの珍しい品々が取引される場所として、海を渡ってくる商人たちの出入りも多いため、かなりの活気があった。
村の中心にある広場には様々な土地の農作物や香辛料などの特産品を売る露店も数多く出ている。
その一つの店先で、変わった風貌の男が目の前にある農作物を値踏みしていた。
ゆったりとした上衣に、見ようによっては女性用のそれと勘違いする者もいるであろうほどの裾の広い下衣を身に付けている。
短めの顎ひげを生やし、どこか赤樫の大樹を思わせる赤銅色に日焼けしたその顔は、ひと目で海の男と分かる。
そして先端の尖った特徴的な耳の形は、高度な知性と精神性を併せ持った、竜人族と呼ばれる亜人種であることを示していた。
見た目は人間で言えば40~50代くらいであるが、竜人族は人間よりもはるかに長命であるため、本当の年齢は知る由もない。
「どうだい船長? 何か入り用の品は見つかったかい?」露店の店主がその男に声をかける。
「うーむ、どれも目移りしてしまうゼヨ」
船長と呼ばれた男は交易品を見ながら唸り声を上げる。
そうして、いくつかの品を手にとって見たあと、おもむろに口を開いた。
「よし! それではこの古代豆とスパイスワームを5樽ずつ、あとはココットライスを10樽、輝く竜鱗10枚と交換でどうゼヨ?」
「もう一声だ」船長の提示に、すかさず切り返す店主。
「うむむ……。 ならば、輝く竜鱗10枚に、ケルビの蒼角を2本付けるゼヨ!」
「よし、取引成立だ!」
「良い取引だったゼヨ!」満足のいく取引結果に、船長は鷹揚な笑みを浮かべて頷く。
「荷物はいつも通りでいいのかい?」
「ああ、ワシの船に運んでおいてくれゼヨ」店主の問いに答える船長。
「まいどあり! また来てくれよ!」店主の快活な声を背に受け、船長はゆっくりと歩き出した。
商いを営む場に特有の喧騒と活気を横目に、大通りを歩く。
やがて、この村を拠点とするハンターや行商人が逗留する宿屋のある一角に出る。
船長はそのうちの1軒に入っていった。

「今戻ったゼヨ!」
「あ、船長。おかえりなさいニャ」船長に声をかけたのは、一見二足歩行しているネコに見える生き物――アイルーと呼ばれる獣人である――だった。
船長が宿泊している宿屋はこの辺りでは一般的な作りで、2階が宿泊するための部屋、1階は食事を摂ることができる酒場になっている。
昼時ということもあり、酒場の店内には昼食を食べに来たハンターや商人で賑わっていた。
「ポポノタンのスモークとフラヒヤビールをくれ。よく冷えたところを頼むゼヨ!」
空いているカウンター席に座り、アイルーに声をかける。
「分かりましたニャ! 少々お待ちを」アイルーは注文を聞くと、奥の厨房に入っていった。
船長は改めて酒場をざっと見回す。
自分の他には同業と思われる風体の男たちや、狩猟に出かける前なのか、生物的な質感の防具を身に付けたハンターなどが思い思いに飲み食いしていた。
酒を酌み交わす者、一人黙々と食事をする者、何やら議論を繰り広げる者と、客の質はまちまちであった。
そんな酒場での風景を眺めていると、先程のアイルーがビールと料理を運んできた。
船長は木製のジョッキに注がれたビールを喉に流し込む。
フラヒヤ山脈の永久凍土から切り出した氷を溶かした水を使って醸造されたそれは、まるで雪山の冷気をそのまま封じ込めたかのような冷たさだった。
「くうーっ! この1杯のために生きてるゼヨ!」
渇ききった喉を潤したあと、ポポノタンのスモークに手を伸ばそうとしたその時だった。
「だから、なんで分かってくれないんだ!」
別のテーブルから怒鳴り声が聞こえた。
船長が声の主を探してみると、顔を紅潮させて立ち上がり、相棒らしき男を睨みつける若い男がいた。
男は独特なフォルムの赤い防具に身を包んでいるので、ひと目でハンターとわかる。
年の頃は15,6歳くらいだろうか。
鼻のあたりにそばかすが残るその顔はまだ幼さを残しており、男というよりも少年という形容の方がしっくり来る。
まとっている防具は赤を基調に所々に白い模様があり、肩の部分が大きく張り出している。
この地方に生息する甲殻種・ダイミョウザザミの素材から作られる防具、ザザミシリーズだった。
「俺たちの商売は、目立ってなんぼだろうが! 普段から自分の力を誇示して何が悪いんだよ!」
少年ハンターは興奮気味に仲間らしき他のハンターに怒鳴り散らす。
「でもなあ……」相棒らしき20代前半くらいの男――こちらは狩猟に出ないのか、インナー姿だった――が、ため息混じりに言う。
「だからと言って、狩りに行かない日にまで完全武装ってのはどうなんだ?」
「兄貴は甘っちょろいんだよ! そんなんじゃ他のハンターになめられちまう!」
兄貴と呼ばれた男の苦言にも、少年ハンターはまるで聞く耳を持たない。
「狩りに出ない時は、ちゃんと休息を取るのはハンターの鉄則だ。お前みたいに意味もなく防具を着込んで村を闊歩するのは、ただの阿呆だろう」
「阿呆だと……? いくら兄貴でも、言っていいことと悪いことがあるだろう!」
「まあまあ、そこまでにしておくゼヨ」
今にも殴りかかりそうな険悪な雰囲気を見るに見かね、船長は二人の間に割って入る。
「なんだてめぇは!」少年ハンターは腹の虫が納まらない様子で、船長に食ってかかる。
「ワシか? ワシは世界中の海を股にかける交易船の船長ゼヨ。……それはそうと、ここは飲み食いをする場所であって、決して言い争いをする場所ではないゼヨ。 周りをよく見るゼヨ」
そう言われてはじめて、少年ハンターは自分たちが他の客の視線の的になっていることに気付いた。
少年ハンターはばつが悪そうに、蹴倒した椅子を元に戻し、座り直す。
「えらくヒートアップしとったが、何があったゼヨ? ワシでよければ話を聞くゼヨ」
船長が言うと、二人は少し顔を見合わせ、この奇妙な竜人族に話してよいものかどうかをしばらく考えた後、やがて年上のハンターが口を開いた。
話はこうだった。
彼らは兄弟そろってハンターを生業としており、つい最近この村を訪れたのだという。
ハンターとしては兄の方がベテランであり、弟である少年ハンターはまだハンターになってそれほどの月日は経っておらず、経験不足を負い目に感じている事への裏返しなのか、
他のハンターに対しても挑戦的な態度をとったり、今のように意味もなく完全武装し、周囲に威圧感を与えるなどの素行が目立つようになった。
それを兄が諌めると、弟は「周囲になめられないように自己を喧伝するのは自分のポリシー」と反論し、先ほどの騒ぎに至ったということである。
「ふむ。確かに、なめられないように自己アピールを怠らないというボウズの言うことにも一理あるゼヨ」話を最後まで聞いた船長は、腕組みしながらそうつぶやく。
弟は勝ち誇ったように兄の方を見る。
「しかしだ。 だからと言って他のハンターに喧嘩を売ったり、意味もなく防具を着込んで周りを威圧するのはやりすぎゼヨ」
続く船長の言葉に、兄は「ほらみろ」と言わんばかりの表情を弟に向ける。
「なっ!? ……じゃあ、他にどうしろってんだよ!」今度は船長に向かって怒りの矛先を向ける弟。
「まあ、落ち着くゼヨ。……ワシが言いたいのは、自分をアピールするにもタイミングというものがあるという事ゼヨ」
ちょうどいい例え話があるゼヨ、と前置きすると、船長は一度大きく息を吸い込み、再び口を開いた。
「これは遠く離れた大陸に住んでいる、あるハンターの話ゼヨ」

第1話へ続く
改めまして、蒼坂です。
先日のHP閉鎖から色々と準備をしており、ようやく色々とこちらに書くことができそうです。
その手始めとして、このブログを大幅に改装いたしました。
今後はここに自作のSSを載せようと思っています。
ジャンルは、このブログのテーマを見てお分かりになるかと思いますが、
モンハンことモンスターハンターのSSをオムニバス形式で書いていこうかと思ってます。
近日中に第1話の序章を掲載予定ですので、よろしければご覧くださいませ。

あとは近況を。
1年ほど前から2ちゃんねるのカラオケ板紅白歌合戦に参加させていただいております。
そして、今週末の5/19と5/20、ネットラジオにて放送予定だったりしますw
詳細はこちらに載っておりますので、よろしければ是非。
それでは、今後ともどうぞよろしくお願い致します。
プロフィール

蒼坂

Author:蒼坂
関西在住の会社員。
時々しがないネット物書き兼2chカラオケ板紅白歌合戦の参加者。

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