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夕刻、渓流から急いで戻ったユウたちは、すぐさま集会浴場へと向かった。
あらかじめ達成していた納品依頼と、渓流で遭遇したイビルジョーについて報告するためである。
「お帰りなさい、ユウさん。依頼の品は手に入りましたか?」受付嬢のササユがユウに声をかける。
「うん、依頼に関しては全然大丈夫。 でも……」
「でも? 何かあったんですか?」横から新人受付嬢のコノハが口を出す。
「まあ、そうなんだけどね。 でも、この話はギルドマネージャーと村長を交えてするべき話だと思うのよ」
「ひょっひょっひょっ! アタシだけじゃなく村長も交えた話となると、よっぽどの事が起きたみたいだね」
「マネージャー!」驚きの声をあげるコノハ。
「コノハ。 ……すまんが、ちとひとっ走りして、村長を呼んできてくれんか?」
ギルドマネージャーはいつになく真剣な面持ちでコノハに命じた。
そのただならぬ様子に気圧されたコノハは黙ってうなずくと、村長を呼ぶために集会浴場を出た。
「ジンオウガ、アマツマガツチに続く脅威か……。つくづく、自然とは厳しいものだねえ」
ギルドマネージャーはユウにも聞こえないくらいの声で呟くと、ひょうたんの栓を抜き、中身の霊水を一口あおる。
その表情には、ある種の諦観さえただよっていた。

程なくして、コノハが村長を連れて集会場に戻ってきたのを見計らい、ユウは事の次第を話した。
「イ……イビルジョー? イビルジョーって、あのイビルジョーですか?」その名を出した途端、コノハの顔が青ざめる。
彼女の顔色が変わるのも無理からぬ話であった。
イビルジョーはその強大さ、凶暴さもさることながら、その真の脅威は、食害にこそあるといっても過言ではない。
どの肉食生物においても、通常は自らの糧となるだけの獲物を狩り、食らう。
ゆえに、狩り場の生物を全て捕食することはない。
しかしイビルジョーは、その身体構造からくる飽くなき食欲ゆえに、文字通り「目に付いた生物をことごとく食らう」のである。
他の生物には当然備わっている「自らの糧を得る場所を維持する本能」が、イビルジョーには存在しない。
その結果、目の前に映る全ての動くものをひたすら食らい尽くしたあと、更なる獲物を求めてさまようのである。
イビルジョーによる食害によって生態系が壊滅した地域がいくつも存在し、その結果放棄せざるを得なくなった集落さえあることは、
王立調査隊から報告が届いており、ギルドの職務に携わるものなら誰でも知っている。
「渓流にあの子が現れたとなると、この村も危ないですわね」村長も困惑の色を隠せない。
「ともかく、ギルドとしては早急に手を打たないといけないね。 ……村長、依頼人はアンタの名前にしとくよ」
ギルドマネージャーの言葉に、村長は静かにうなずく。
「さてユウよ。チミはどうするね? 討伐依頼が出たら、出来るだけ速やかに渓流に向かってもらわにゃならんが」
「そうだなあ……」しばし考えるユウ。
「私は、少し様子を見ることにするよ」ややあって、ユウは答えた。
「それはまた、どうして?」コノハが訝しげな表情を浮かべ、ユウに聞いた。
「いくらイビルジョーが食欲の権化だと言っても、生態系に大きな影響を与えるまで食べ尽くすまでには、それなりに時間がかかると思うのよ」
「ほほう。 ……では、チミはどれくらいかかると思う?」ギルドマネージャーの問いにユウはしばし考えたあと、口を開いた。
「早くて1週間、遅くて10日位かな。被害が深刻になる前に狩るなら、せめて2日後の夜明けくらいにはここを出発しないといけないかな」
その答えに、ギルドマネージャーは唸り声をひとつあげ、言った。
「チミ、そこまで分かっておきながら、何故……」
ユウが口を開きかけた、その時である。
「そんなもん、怖気づいたからに決まってる!」
ユウが言葉を発するより先に、誰かが横槍を入れた。
見ると、鬼門番が血相を変えた表情で立っていた。
「聞いたぞ。お前、イビルジョーが渓流に現れたのを確認したくせに、おめおめと逃げ帰ってきたんだってな」
ユウに詰め寄る鬼門番。
「そうだよ。それが何か?」
悪びれもせずに答えるユウ。
鬼門番はその態度が癇に障ったらしく、みるみる怒気をはらんだ表情になる。
「お前、ハンターだろうが……。どうして見かけた時に狩って来なかったんだ!」
「……どうして? あんた、それ本気で言ってる?」
感情を剥き出しにして怒鳴る鬼門番とは対照的に、ユウは冷徹さを感じるほどの無表情で言葉を返す。
「本気も本気、大マジだ!」
「ふーん。じゃ、言わせてもらうけどさ」吼える鬼門番を冷たく見据え、ユウは言葉を放つ。
「あんたは、ハンターならどんな状況でもモンスターを倒せるとか思ってるわけだ。 この際だからはっきり言っといてあげるけど、何の準備もなしにモンスターを狩猟できるハンターなんか、世界中どこを探したって見つからないよ」
「な、何だと?」鬼門番は怒りのあまり、顔を真っ赤にして震えていた。
「私が信じられないというのなら、今この村に立ち寄っている他のハンターに聞いてみるといいよ。ろくな装備もなしにイビルジョーなんかとやり合えって言われたら、誰だって躊躇するさ。それを、言うに事欠いて『ハンターの癖に』? 冗談は顔だけにしとけって感じだ」
「言わせておけば!」
「そこまでだ」ユウに突っかかろうとする鬼門番に、ギルドマネージャーが一喝する。
「ハンターとて万能ではない。それは確かにユウの言うとおりだ。気持ちは分からんでもないが、命がけで狩猟をおこなうハンターに向かって、ちっとばかり言葉が過ぎるようだね」ギルドマネージャーは鬼門番をたしなめる。
その言葉に、鬼門番はいまいましげにユウを睨み付けていた視線をそらす。
「しかし」ギルドマネージャーはさらに言葉を続ける。
「ユウよ。チミの真意もいまいち読めん。 その装備ではイビルジョーに太刀打ち出来んから退却してきたというのは分かるが、どうして率先して狩猟に出ようとせんのだい?」
「そんなの決まってる! 狩りに行くのを怖がってる臆病者ハンターだからだ!」ユウが答えるより先に、再び鬼門番が吐き捨てるように言った。
「およしなさい」事の成り行きを見守っていた村長が、ぴしゃりと言い放つ。
村長のいつになく強い口調に一瞬たじろぎはしたものの、すぐに気を取り直したのか、ユウを指差して言葉を続ける。
「大体、なんで『漆黒』の野郎は、お前みたいな採取依頼しかこなさない臆病者ハンターをこの村に寄越したんだよ!」
「いい加減になさい」村長は短く、しかし先ほどよりも強い口調でたしなめる。
「何でなんだよ……。何で『金色の姫君』みたいな凄腕のハンターじゃなくて、お前みたいなちんちくりんが、この村の居付きハンターなんだよ!」
そう吐き捨てるように叫ぶと、鬼門番は集会浴場を走り去っていった。
ユウは表情ひとつ変えず、その場に立ち尽くした。
その様子を、ギルドマネージャーや村長、オトモアイルーたちも、どう声をかけてよいものかわからない様子で見守っていた。
やがて、ユウは一言だけぽつりと呟く。
「『金色の姫君』、か」
「ご主人さま……」かんぴょうと玉露も、ユウを心配そうに見上げる。
『金色の姫君』もまた、ロックラック地方で指折りの凄腕ハンターであり、『漆黒の覇王』にも勝るとも劣らない名声を誇る。
リオレイア希少種の素材から作られた黄金の防具に身を包んだその姿からそう呼ばれている。
その名を呟いたユウの顔には、少しだけ複雑な感情が浮かんだ。
「なんだいユウ? 『金色の姫君』に心当たりでもあるのかい?」ギルドマネージャーは怪訝な表情で問い掛ける。
「いんや、何でもないよ」慌てて首を振るユウ。
「とにかく、ギルドとしては早急に狩猟依頼を出すことにする。異論はないな?」
「ええ。あの子を放置しておけば、渓流からの恩恵を享けられなくなりますしね」ギルドマネージャーの提案に、村長も同意する。
「うん。依頼を出すって事については、私も異論はないよ。……それじゃ、私はやる事があるからこれで」ユウはそう言うと、何か言いたげな表情のギルドマネージャーたちを尻目に、自分の家へと戻っていった。
家に帰り着くと、ユウはすぐに採取で手に入れた物をポーチから取り出しては、部屋の隅に置いてあるアイテムボックスに収納していく。
「ご主人様ー、本当にあれでよかったんですかニャ? あの頼りない門番はともかく、ギルドマネージャーや村長さんにまで愛想つかされたらまずいニャ」かんぴょうは心配そうな表情を浮かべ、ユウに問い掛ける。
「そうニャ。ご主人様は本当は」
「玉露、かんぴょう」玉露も何事か言いかけたとき、ユウがアイテムボックスに頭を突っ込んだまま、次の言葉を制する。
そして、アイテムボックスからゆっくり顔を出し、二匹に目を向けると、苦笑いを浮かべつつ、こう言った。
「ごめんなー。今夜のガーグァカレー、お預けになりそうだわ」

ユウたちが集会浴場を出てからしばらくの後、イビルジョーの狩猟依頼が正式に通達され、渓流の異変は村中の人々の知るところとなった。
村人たちはみな、嵐龍襲来以来の脅威に不安を隠し切れない様子であった。
そしてそれは、ユクモ村を訪れた旅のハンターたちも同様であった。
この日も数多くのハンターたちが村を訪れており、中には手錬のハンターと思しき者たちもいたが、イビルジョー狩猟の依頼書に手を伸ばそうとする者はいなかった。
無論、彼らが臆病なわけでは決してない。
その依頼を受けるということは、日頃自分たちが命を賭けて狩猟を行う対象である、強大な力を持った飛竜種をいとも簡単に食らい尽くす、文字通りの「モンスター」を相手にしなければならないということである。
いかに屈強なハンターが数を揃えたとしても、受注をためらうのは無理からぬ話であった。
そんな現状が伝わるにつれ、村人たちの不安は一層募るばかりであった。
そうしているうちに夜は更けていく。
「……誰も、依頼を受けようとしないですね」コノハが頬杖をつきながら、ため息を漏らす。
深夜の集会浴場。
イビルジョーによる非常事態のため、ギルドマネージャーとコノハたち受付嬢は不寝の番で対応をしていたが、この時間にあっても、誰一人として依頼書を取ろうとするハンターはいなかった。
「近隣の村や街にも依頼書を送ってはいるけれど、何も反応がないようね」資料に目を通しながら、ササユは答えた。
「にしても」天井を見つめ、コノハは言葉を続ける。
「どうしてユウさん、村の危機なのに様子見なんてしてるんでしょうね」
「さあ? それは私にもわからないけれど……ただ、彼女はあの門番くんが言うような臆病者ではないことだけは確かね」
「どうしてそう言い切れるんですか?」ササユの答えに、コノハが問い掛ける。
「あなたも見たでしょ? 彼女のギルドカード」
「ええ、そりゃ見ましたけど」
ユウがユクモ村に赴任してきた際、彼女のギルドカードは確かに確認した。
そこに記されていたのは、確かに『漆黒の覇王』からの推挙を受けるに相応しい実績の数々であり、並の実力のハンターではないことを窺い知ることが出来た。
「でも、『漆黒』さんに寄生していただけの三流ハンターだって可能性も」
ハンターの育成方法の1つとして、自らよりも実力のあるハンターの狩猟に同行し、現場で自らの成長を促すという方法がある。
しかし稀に、狩りには積極的に参加せず、場合によってはベースキャンプで時間を過ごし、あろうことか討伐後に報酬の分け前だけ受け取るという不届きな輩もいるのである。
それをギルドでは俗に「寄生」と呼んでいる。
「それはないわ」ササユがきっぱりと断言する。
「確かに『漆黒』さんとは時々狩りを共にしていたようだけれど、ほとんどの依頼は彼女とオトモのみで達成されていたわ。……それに」
「それに?」
「イビルジョーと遭遇する前、ナルガクルガ亜種と遭遇したって言ってたでしょ? ユウさん、そっちは討伐するつもりだったみたいよ」
「緑迅竜を? 一体なんでそんなことが分かるんですか?」コノハは首を傾げる。
「緑迅竜と遭遇した際、彼女は一度隣のエリアへ退却し、しばらくして再びそのエリアに戻った時、イビルジョーに遭遇したって言ってたわよね?」
「確かに言ってましたけど……」ササユの言葉に、さっぱり要領を得ない様子のコノハ。
「これを見なさい」ササユは一枚の紙をカウンターの上に置いた。
「これって……」コノハはそれを覗き込む。
「渓流の地図よ。ここがベースキャンプ。そしてここがナルガクルガ亜種やイビルジョーと遭遇したエリアで、ここがユウさんが一時退却した場所」ササユは地図に書かれたエリアを指差す。
「一時退却した滝のあるエリアは、ナルガクルガ亜種たちのいた湿地帯のエリアよりもベースキャンプに近い。 ……つまり」
「退却して納品依頼だけ達成するつもりなら、わざわざ隣のエリアにいる必要はない、ということですね?」言うが早いか、コノハが口をはさむ。
ササユは小さく、しかし満足げに頷いた。
「それに実はあの人、これまで受けた採取依頼でも、何度か大型モンスターを討伐してるのよ」
「え? そうだったんですか?」コノハにとっては初耳だった。
「あなたは下位ハンターの受付担当だから、上位ハンターであるユウさんの狩猟実績なんて、そんなに見る機会もないでしょうしね」そう前置きた上で、ササユは話を続ける。
「どの狩り場にしても、狩猟環境が不安定になった場合は上位ハンターのみ依頼を受けることが出来るのは、あなたも知ってるわよね?」
「はい。 予期しないモンスターと遭遇する可能性があるからですよね?」
「そう。 それに、ユウさんが来てからというもの、この周辺でさしあたって脅威になるようなモンスターの目撃情報が減ったと思わない?」
「言われてみれば……」ササユの言葉どおり、確かにユクモ村周辺では飛竜種をはじめとする強大な力を持った大型モンスターの目撃情報は大幅に減っていた。
「色んなモンスターと遭遇した記録が残ってるけど、生態系に影響を及ぼしそうなモンスターは全て討伐されてるわね」
「でも、それだと普通の狩猟依頼に比べて、報酬は少ないですよね?」
「ええ、そうね」コノハの疑問に、ササユは頷く。
「多分ユウさんの中では、モンスターを狩る事自体はそれほど重要ではなくて、村に安全と豊かさをもたらすことが重要なのではないかしら? ……それに」
「それに?」
「いえ、何でもないわ」ササユは何かを言いかけて、やめる。
「そうですか……」コノハは気になる様子だったが、それ以上は追及しなかった。
「とにかく、今の私たちに出来ることは、命を賭けてこの村を守ってくれるハンターさんを待つことだけよ」
「そうですね」ササユの言葉に、コノハも頷いた。
その様子を、集会浴場の入口の影で窺う小さな影があった。
しかし、ササユたちの会話が終わり、再び沈黙が訪れると、影はそっと姿を消した。

東の果ての夜の闇と山々の影が交わる場所が、次第に明るみを帯びてきた頃。
一晩中依頼を受けるハンターを待ち続けたササユであったが、疲れを隠し切れない表情を浮かべ、コノハに至っては、カウンターに顔を突っ伏したまま居眠りをしていた。
「さすがに、起きたままで一晩明かすのはきついわね」眠たげに目をこすりつつ、ササユが呟き、この非常時にあっても幸せそうな表情で眠る後輩を、少し恨めしげに一瞥する。
その時、入口の辺りに人の気配を感じた。
ササユが視線を向けると、その人物はまっすぐにササユの元に歩みを進める。
「あ、あなたは……」目の前に立つ人物の姿に驚いたササユは、そう言葉を絞り出すことしか出来なかった。

そして、陽の光が村をあまねく照らしだした時、村に異変が起きた。
前日の顛末を、かなりの主観を交えて吹聴して回った鬼門番が、彼の話を真に受けた村人たちを引き連れ、ユウの家の前で抗議活動を始めたのである。
モンスターも狩れない臆病者はハンターと名乗るな、臆病者は即刻村から出て行くべしという大音声が村中に響き渡る。
「これは一体、何の騒ぎですか?」騒ぎに気付いた村長が、慌てて鬼門番たちの下へ駆けつける。
「村長、もう遅いぜ! 俺たちの不満は、とっくに限界を超えてんだ!」鬼門番が息巻くと、他の村人たちも口々にそうだそうだとはやし立てる。
「こんな事をして、一体何になるというのですか? ハンター様を村から追い出そうとするなんて……」前代未聞の出来事に、普段はおっとりしている村長もさすがに動揺を隠せない様子であった。
「このユクモ村には、モンスターから逃げ出すような臆病者のハンターは必要ない!」鬼門番がヒステリックに叫ぶ。
「やれやれ。臆病者のハンターというのは、一体誰のことだい?」不意に、鬼門番たちの背後から声がした。
見ると、ギルドマネージャーがコノハ、ササユを伴って立っていた。
そして霊水を一口あおると、こう言った。
「みんな喜べ。 イビルジョーの狩猟を受注してくれるハンターが見つかったぞ」
その一言に、村人たちがどよめく。
「受注を受けてくれたのは、あの『金色の姫君』です」ササユが後に続く。
生ける伝説とも言えるその名を耳にした村人たちの顔には、安堵の表情が浮かび、目頭に涙を浮かべる者さえいた。
「そ、そうなのか? だったら、もうあの臆病者は用済みじゃないか! ……なあ、アンタからもアイツに出て行くように言ってくれよ」鬼門番は狂喜しながらギルドマネージャーに言った。
「それは出来ん」はっきりと拒否するギルドマネージャー。
「な、何でだよ……。どういう事だよ!」
「何でって……ユウは今朝早く、狩りに出かけたし」激昂する鬼門番に、あくまで冷静に対応するギルドマネージャー。
「今さら点数稼ぎかよ? 村の危機だってのに、アオアシラ1頭あたりを狩って許してもらおうったって、そうはいくか!」鼻で笑う鬼門番。
「アオアシラ? 何を言っとるんだチミは。 ユウが狩りに行ったのはイビルジョーだぞ?」
「なっ……! えっ?」ギルドマネージャーの一言に、鬼門番は混乱した。
「つまり、ユウ様がかの有名な『金色の姫君』だった、という事ですね」村長が聞く。
「そうなんですよ! 私たちも、すっごいビックリしました!」頬を紅潮させ、コノハが答える。
鬼門番はじめ、ユウを追い出そうとしていた村人たちは言葉を失った。

時間は少し前にさかのぼる。
空が白みだした頃、集会場に姿を現したのは、いつもの黒を基調とした動きやすさを重視した装備ではなく、ほぼ全身を保護するフルプレートタイプの防具を着込んだユウであった。
「ユウさん、その姿は一体……?」ササユはようやくその一言だけを口にする。
スカート状に広がりを見せる腰用防具が特徴的なそれは、雌火竜リオレイアの素材から作られるレイアシリーズと呼ばれるものに酷似している。
だが、雌火竜の甲殻や鱗から作られる暗緑色のレイアシリーズとは違い、ユウが身にまとう防具は金色、それも金属独特の磨き上げられたような黄金色ではなく、どこか月の光を連想させる、生物的な風合いを持った鈍い金色である。
「うん。うちの玉露に様子を見に行かせたら、誰もイビルジョーの狩猟依頼を受ける様子がないみたいだったからさ。ちょっと、私が本気出してみようと思った」ユウは事も無げに言う。
「……んにゃ? どうしたんですか、ササユ先輩? ……って、ユウさんがすっごい金ピカ!?」寝ぼけ眼のコノハも、ユウの姿を見た途端、驚きで一気に目を覚ました。
「その装備、ゴールドルナシリーズですよね? ……では、ユウさんがあの『金色の姫君』なのですか?」いつも冷静沈着なササユも、心なしか少し声が震えている。
モンスターの中には、住む環境などの違いに適応した「亜種」が存在する場合がある。
さらにその中で亜種の中の亜種、「希少種」と呼ばれる個体がまれに存在する。
そして、亜種、希少種の方が原種よりも獰猛かつ強大な力を持つことが多いが、絶対的な個体数が原種に比べて少なく、希少種に至ってはその目で確かめることもなく一生を終えるハンターも多い。
そのようなモンスターに遭遇し、なおかつ狩猟するには、ハンターとしての類い稀な腕前はもちろんのこと、それと同等、あるいはそれ以上の強運も要求されるのである。
そんな希少なモンスターの一種であるリオレイア希少種、別名・金火竜の素材から作られる防具はゴールドルナシリーズと呼ばれ、その高貴かつ優美な見た目もさることながら、非常に堅固な防御力を誇るがゆえに、全てのハンターの羨望の的となっていた。
もちろん、そのような貴重な防具を身に付けることを許されたハンターなど、そうそういるわけではない。
ササユの知る限り、この地方でゴールドルナシリーズをまとうのはただ一人、『金色の姫君』と呼ばれる凄腕のハンターだけであった。
しかし、当のユウはといえば、「金色の姫君」の名前が出た途端、何やら複雑な表情を浮かべ、
「うん。まあ、そんな呼び名で呼ばれてた時代も無きにしもあらず、というか、無い事も無い、というか、そんな感じ」などと、いまいち煮え切らない態度を見せた。
「……ユウさん、何挙動不審になってるんですか?」そんな様子のユウに、ササユは怪訝な表情を浮かべる。
「そうですよ! 『姫君』なら『姫君』らしく、もっと堂々しないと!」
「……ねがい……めて……」力説するコノハに対し、ユウはうつむいたまま、ボソボソと何事かを呟く。
「大体ユウさん、どうして今まで『姫君』だと言うことを黙ってたんですか?」しかし、コノハはそれに全く気付かない様子で一方的にまくしたてる。
「『金色の姫君』と言えば、あの『覇王』さんと同じくらい超有名な凄腕ハンターじゃないですか! それなのに何故」
そこまでコノハが言いかけたとき、ユウは急に身体をわなわなと震わせると、
「ううう……」がっくりと肩を落とすユウ。
「ど、どうしたんですかユウさん?」あまりの落ち込みように、あせるコノハたち。
「お願いだから、『姫君』って呼ぶのは本当にやめて。 ……そもそも『金色の姫君』っていうネーミングセンス、成金みたいで好きじゃないんだわ」
ユウは苦虫を噛み潰したような顔で呟く。
「好きじゃないって、自分で付けた称号じゃないんですか?」怪訝な表情で聞くコノハ。
「違うよ。 ……あれは、私が他の獲物を狩ってる最中に、たまたま姿を現したリオレイア希少種を捕獲したとき、個体の引き取り手だった王族に勝手に付けられた称号なのだ」ユウは言いながら、深くため息をついた。
「だったら、なおさらすごいじゃないですか! 王族から直々に称号を付けてもらえるハンターなんて、そうそういるもんじゃないですよ?」
「娯楽目的で貴重な個体を金で買い取るような王族から称号なんかもらっても、嬉しくもなんともないわ」ユウは憮然とした表情で、吐き捨てるように言った。
「それにさ、年取って婆さんになっても『姫君』とか呼ばれるの、嫌じゃないか? 噂を聞きつけたハンターとか行商人とかがさ、『金色の姫君ってどんな人なんだろー』って期待しちゃって、婆さんが出てきたらかわいそうじゃん」
ユウは、何とも憂鬱そうに俯くと、ポツリと呟く。
「……やっぱり私は、『ソルとツルツル』とか『プーギー丸こげ』みたいな称号の方がいいや」
「いやいやいや、多分そっちのほうが恥ずかしいと思いますよ」すかさずツッコミを入れるコノハ。
「ひょっひょっひょっ! なんだか様子がおかしいと思ったら、そういう事だったのか」
不意に、コノハたちの背後から笑い声が聞こえた。
3人がそちらを見ると、そこにはギルドマネージャーが立っていた。
ギルドマネージャーは、手に持ったひょうたんの中身を一口あおると、こう言った。
「チミは、あんまり自分の実績を誇示したがらないタイプのようだね。あるいは、そうならざるを得ない事情でもあったかな?」
図星だったらしく、ユウは一瞬ぎくりとするが、ギルドマネージャーはさらに続ける。
「良く言えば謙虚、悪く言えば自分を過小評価しすぎだね、チミは。 ……だがね、ユウ。名付けられた経緯はどうあれ、チミのその二つ名に希望や憧れを持つ者が多いのも事実だよ」
それは、ユウ自身もよく分かっていることだった。
しかし、だからこその苦しみもいやというほど味わってきた。
ユクモ村に来る以前の彼女は、旅をしながら様々な依頼を受ける、流れのハンターであった。
行く先々で強大なモンスターを確実に狩猟する手腕で、みるみる頭角を現していった。
そんな折、とある狩り場に偶然姿を現したリオレイア希少種を、激闘の末にどうにか捕獲したのである。
そして、捕獲した個体をギルドに引渡す際、噂を聞きつけたさる王族の使いなる者が引渡しの場に訪れ、個体を引き取っていった。
その後ユウは王宮に招かれ、莫大な褒章金と金火竜の素材から作られた武器と防具、そして『金色の姫君』という称号を賜ったのである。
妙齢の女性ハンターが、まみえる事さえ困難な金火竜をたった一人で(実際には、かんぴょうたちオトモアイルーを伴っての狩猟だったのだが)制したという話は、瞬く間に新大陸を駆け巡り、ユウは一躍時の人となった。
黄金に輝く武器と防具は自身の身体によく馴染み、あたかも金火竜の化身となったがごとく、彼女は数々の強大なモンスターに挑み、打ち倒していった。
しかし、狩猟の実績を積み重ねるほど、その活躍は誇張されて尾ひれが付き、次第に『金色の姫君』の名前が一人歩きするようになった。
曰く、毒怪竜の群れをたった一人で屠った。
曰く、火竜のつがいを一睨みで追い払った。
曰く、峯山龍の巨大な牙を素手でへし折った。
はじめのうちは一笑に付していた彼女も、自分を見る周囲の目が変わって来たことに気付いた。
あるいは『金色の姫君』に不可能は無いという、信仰心にも似た過剰なまでの畏敬の念。
あるいは『金色の姫君』の大きな名声への、同業者からの妬み。
あるいは『金色の姫君』が強大なモンスターよりも強いということからくる、より強大な力への恐れ。
まるで真綿で首を締められるように、ユウは徐々に言いようのない孤独感に苛まれていった。
ハンターを引退し、どこかの村にでも引きこもろうかと思いつめたことも、一度や二度ではなかった。
しかしその一方で、ハンターを続けたいと強く願う気持ちもあった。
悩みに悩んだ末、ユウはハンターを続けることにした。
ただし、自分が『金色の姫君』であることを知らない場所で、金火竜の武器と防具は封印して。
『漆黒の覇王』とは、ちょうどその頃に出会った。
狩場への中継点にあるとある村で、成り行きで共に狩猟依頼を受けたのをきっかけに、それから時々狩りを共にするようになっていった。
『覇王』には、自分が『姫君』であることを一度も言わなかったが、ひょっとしたら薄々感付いていたのかもしれない。
出会ってからしばらく経ったある日、『覇王』は突然、別の地域に移住することをユウに打ち明け、それまで自らが住んでいたユクモ村の専属ハンターの後継者として推薦したのである。
半ば強引な推薦であったが、ひなびた温泉郷でゆっくり過ごせるということもあり、結局その申し出を受けて現在に至る。
その時は、まさか凶暴竜の脅威にさらされるとは思いもよらなかったが。
「私は、何も特別な人間なんかじゃない。 やるべきことをちゃんとやってきただけなのだ。 ……変に特別扱いされるのは、もうたくさんなのだ」
絞り出すような声で、ユウが呟く。
それは、力を持つ者だけが持ちうる苦悩であり、ようやくユウが口にした本音であった。
ギルドマネージャーは「ふむ」と呟き、いつものように霊水をあおると、こう言った。
「ユウ。 なぜ『漆黒の覇王』は、チミを自分の後釜として招いたか分かるかい?」
ユウはしばし考え、答えた。
「それは、私が『金色の姫君』だと感づいたから?」
「ひょっひょっひょっ! 違うさ。 わが道を行くタイプのあの男が、そんなことに気付く訳がないさ」大笑いするギルドマネージャー。
「じゃあ、何で?」
「アイツから届いた推薦状にはな、こう書いてあったんだよ。『俺の後釜に相応しい、腕利きの奴を見つけた。ただ、そいつは自分の居場所を見つけられなくて悩んでいるようだから、安心して帰れる場所を作ってやってほしい』とさ。……面白いもんだね。 相手が何者であるかも分からないくせに、そういった物事の本質を見極める術だけは身に付けているらしい」
ギルドマネージャーはそこで一旦言葉を切ると、一つ大きく息を吸い込み、ニヤリと笑うと再び口を開いた。
「しかしチミはあれだね。 器用そうに見えて、意外と不器用だったりするね」
「むしろ、不器用の塊だよ」ユウは憮然とした表情で答えた。
そんなユウの様子を見て、さもおかしそうにギルドマネージャーは笑う。
さらに仏頂面になるユウ。
「いやはや、すまんね。別に悪気はないんだよ。気を悪くせんでおくれ」ひとしきり笑ったあと、咳払いをする。
そして、飄々としたいつもの雰囲気とはうってかわって、周囲の空気がピンと張り詰める。
「では改めて、ユクモ村専属ハンター・ユウよ。チミにこの村の運命を託すぞ。見事イビルジョーを狩猟してきてくれ」
いつになく厳粛なギルドマネージャーの言葉に、ユウも無言で頷く。
「ああ、それと」そこでギルドマネージャーは相好を崩し、言った。
「チミなら大丈夫だとは思うが、無事に帰ってくるがいいさ。 ……チミの帰る家は、ここにあるのだからね」
その言葉に、ユウは少しだけくすぐったいような表情を見せると、すぐに真顔に戻り、短く一言「おう」とだけ答え、オトモたちを伴い、集会浴場の裏口から出発していった。

「……というわけだよ、チミたち。 ここまでの話を聞いても、まだユウが臆病者だなんていう者はいるかい?」
ギルドマネージャーが静かに、しかし有無を言わせない強い口調で言う。
先ほどまで、あれほどユウ追い出すべしと声高に叫んでいた村人たちは――あの鬼門番でさえ、誰も異議を唱えることは出来なかった。
「さあ、何をしているのですか? 早くお戻りなさい。ユウ様が私たちの為に命を賭けておられるというのに、こんな事をしていてはなりませんよ」
村長のその一言で、村人たちは我に返り、一人、また一人とその場を離れていった。
ただ一人、鬼門番を残して。
俯き、呆然と立ち尽くす鬼門番に、村長はそっと近づく。
「村長……オイラ、アイツにひどい事ばっかり言っちまった。 アイツの考えてることを分かろうともしないで、追い出そうとしちまったよ」
鬼門番はそう呟き、うなだれる。
この青年は思い込みが激しく、暴走しがちで直情的な面も多々ある反面、根は善人で、自分が間違っていると分かれば、ちゃんと反省できるということを村長はよく知っていた。
村長は鬼門番の肩に手を置き、静かな口調で言った。
「本当に悪いことをしたと思うのなら、まずはあなたに出来ることを考えなさいな。 あなたにはあるのでしょう? この村を守るという使命が」
「村長……」
「そして、ユウさんが帰ってきたら、ちゃんと謝ること。 よくって?」
「村長、わかったよ。 ……オイラ、アイツがいつ帰ってきてもいいように、この村の警備を頑張るよ。 なんたってオイラは、泣く子も黙る鬼門番さまだからな!」
鬼門番は、村長の言葉に大きく頷くと、一目散に村の入口まで走っていった。
村長はその様子を見届けると、集会浴場の向こうに見える山々を振り返った。
その先には、ユウが向かったであろう渓流がある。
(ユウ様、どうぞご無事で)
村長は、その端正な顔に少しだけ不安の表情を浮かべ、この村にかけがえのない存在となったハンターの無事を祈った。
(続く)
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蒼坂

Author:蒼坂
関西在住の会社員。
時々しがないネット物書き兼2chカラオケ板紅白歌合戦の参加者。

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